恋愛という字には愛の文字が充てられている。愛には定義がない為、無限の愛の形が存在する。我が子への愛もあれば、親や兄弟への愛もあるし、友達への愛もある。ペットへの愛もあるだろう。とはいえ、恋愛に限って言えば、愛は限定された愛だと私は思う。特に男性の恋愛は二種類に分けられると思う。二種類の恋愛がどういった愛なのか。今回は男性の恋愛について語りたいと思う。

 

男性にとって恋愛とは?病気的な恋愛とオアシス的な恋愛

 

そもそも恋愛とは何か。特定の相手に対し好意を抱き、性的な感情を含んだ関係性、一つの愛の形を指す。無論、性的な感情を含まない恋愛も存在するのかもしれないが、それはマイノリティの中の更にマイノリティの意見で、マジョリティの恋愛は性的感情が含まれていることがほとんどである。

 

恋愛は幼稚園児(4〜6歳)ぐらいから始まり、人間が骨になるまで抱き続ける感情である。人間という生き物は結婚しても恋愛感情が無くなるわけではないので、別の女性(もしくは男性)に目移りし、不倫する事もある。たとえ不倫したとしても穏便に済めば良いのだが、多くの場合はそうはならず渡辺淳一先生の失楽園のように泥沼化するケースがほとんどである。恋愛とは配偶者のみに抱く感情ではないのが悲しいところだが、男性にしても女性にしても人間の性という事で諦める他ない。

 

さて、男性の恋愛とは一体どういったものだろうか。ここで思い出すのは小学生の頃だ。私の友達に毎日好きな子が変わる男の子がいた。好きという感情が何なのかわかっていたという仮定での話になるが、もし好きな人が毎日変わるという心理現象を説明しようとすると一つのワードが浮かび上がる。そう、接点だ。男の子は喋る事、顔を見合わす事、類なる接点によって好きな人が誕生したと言える。

 

そこから段々と成長していくと今度は選別を行うようになる。顔のタイプ、性格のタイプ、身体的特徴、性的相性(大人の一例)など、これまで接点だけで生まれた恋愛感情が接点だけでは生まれないようになり、自分の好きなタイプを選別していくようになる。ちなみに男性が女性を選別すると言うと差別的に思われる方も多いと思うが、これに差別的な意図はなく、人間が種を残したい人物を選んでいる遺伝子レベルでの話になるのでその点はご了承して欲しい。

 

選別が行われると女性に告白をし、契約書無しのお付き合いとなるのだが、この恋愛には二種類の姿形がある。

 

病気的な恋愛

駅のプラットフォームで人目を憚らずキスをする。大胆にも抱き寄せる。こんな事が冷静な状態で出来るか?絶対に不可能だ。周りの熱気に当てられて、このような行為に及ぶならまだわからなくもないが、何もない状態で大勢の民衆がいるなか唇を奪うなど病気としか考えられない。私はこれを病気的な恋愛と呼んでいる。巷では恋愛依存症、恋愛体質とも言われている。特に、今まで大人しく冷静な男性ほど病気的な恋愛に陥りやすく、恐ろしいまでに深く愛してゆく。無論、この病気的な恋愛にも程度はある。軽症であれば、路上でキスぐらいで済むのだが、重症なものになれば阿部定事件のような奇行に走るものもいるだろう(阿部定事件は女性だが)。病気的な恋愛は甘美な故に危険なのだ。

 

オアシス的な恋愛

人間社会は途方もない乾いた砂漠と等しい。身体と心を満たす為に自分の足で遠くどこまでも探さないといけない。オアシス的な恋愛とは、乾いた道の途中で見つけた小池と小さな緑地。ひとときの安らぎである。ただ、ずっとオアシスに留まれば、飽きて退屈してしまう。とはいえ、オアシスを離れた途端に恋しくなる。病気的な恋愛と違って、気難しく我儘なのがオアシス的な恋愛なのかもしれない。

 

男性にとって恋愛とは?

2016年の調査だが、未婚男性のうち約70%が交際相手がいないと云う驚くべき調査結果を見た。その理由として、「めんどくさい」「お金が掛かる」「時間がない」「出会いがない」などネガティブな意見が述べられていた。勿論、恋愛するかしないかは個人の自由だ。したくないなら別にしなくても構わない。他人に強制される恋愛ほど残酷なものはないのだから。

 

ただ、興味深い話がある。「恋は探していない時にしか見つからない」これはNHKの番組でドイツ人哲学者マルクス・ガブリエル氏が言っていた事だが、恋はするものではなく、落ちていくもの。そして、自由な人だけが恋に落ちることができると述べていた。ここでの自由が何を指しているのかわからないが、先ほどの調査結果と矛盾しているように思える。

 

未婚男性は自由を選択して恋愛をしない選択をしている。彼らにとって恋愛は制限であり、自由とは反するものと捉えているのだ。ただ、気になる事が一つある。自由に生きる事こそ不自由な生き方なのではないかと云う事だ。本当に自由な人間は、面倒事もお金も時間も出会いも気にする必要はない。

 

余計な概念に縛られる事が一切ない。それこそが本当の自由だ。つまり、彼らは恋愛を拒否して自由を選択しているのではなく、不自由な螺旋に囚われている哀れな子羊なのかもしれないと云う事だ。男性にとって恋愛とは本当の意味で解き放たれ自由になった時なのだろうと私は思う。

 

最後に

たまに随筆書いています。

 

もし良かったら他の愛に関する随筆も読んでもらえたら嬉しいです。

 

▼愛とは何かについてはこちら:愛とは何か?|旦那デスノートとカフカの変身 

 

▼男女の友情についてはこちら:【男女の友情とは?】男女の関係には3種類あるという話 

 

読んでいただきありがとうございました。

関連キーワード
エッセイの関連記事
  • どうやって仕事をもらうようになったの?|ゴミ捨てから始まった畳の起業
  • 男性にとって恋愛とは?病気的な恋愛とオアシス的な恋愛
  • 【怖い話】なぜ居合の試し切り稽古で竹入りの畳を斬るのか?って話
  • 職人の修行はつらかった?|畳職人修行時代について【丁稚奉公】
  • 【ランチ確定】職人のお昼ご飯は「おにぎり」が最高だと思うって話
  • 一歩前に踏み出せない?|勇気を出して行動する為の3つのコツ
おすすめの記事