
この記事を書いた人

一級畳製作技能士/樋口畳商店 代表
京都市にある黄綬褒章を受章した現代の名工の店「沢辺畳店株式会社」で修業後、東京都江戸川区にて樋口畳商店を独立開業。
京都畳競技会 京都府知事賞優勝/国家資格 一級畳製作技能士 取得。
2021年10月27日(水)、TOKYO MX「バラいろダンディ」に出演し、畳職人としての技術やこだわりが特集されました。
東京都江戸川区の神社仏閣から一般住宅、お茶室や屋形船、ゲストハウスまで幅広い施工実績。


皆さん、こんにちは!樋口畳商店です。今回は弟子の指導方針について、暴言も暴力も必要ないこと。大事なことは無言のプレッシャーを与えること。をご紹介していきます。
職人業界の人手不足が叫ばれる中、指導方針だけでも良い方向に舵を切ってくれることを期待してこのブログ記事を書きました。
指導方針で悩んでいる方の参考になれば幸いです。
暴言と暴力によるプレッシャー

野球の世界では暴言、暴力により指導が度々問題となっています。
私は小学校一年生から高校三年の夏まで野球をやっていましたが、私自身も暴言と暴力を受けたことはあります。それは中学生の頃の硬式野球チームでのことです。私のチームでは暴言や暴力は当たり前、それだけでなくコーチに暴言を吐かれたり、殴られたりすると「ありがとうございます」と言うルールまでありました。
その当時も異常に思えましたが、いま考えても問題のある指導方針だったと思います。ただ、我々選手側にも問題はあって、ヤンキーな選手がとても多かったことが原因だと考えます。髪の毛を切ってこいと言われて金髪に染めてきたり、ピンポンダッシュして捕まる人がいたり、タバコ吸ってその辺にポイ捨てする奴がいたり、問題を挙げればキリがないほどです。
だからコーチや監督も恐怖的圧力がないと舐められてしまう。それゆえに暴言や暴力が使われていたのです。
また、暴言や暴力はチームに緊張感を生み出していました。練習中、怒鳴り声が聞こえると選手みんながピリッとした空気感に包まれ、練習も真剣に打ち込むようになります。
実際、チームとしても関東大会で好成績を残すなど、とても強かった。監督やコーチが与える暴言や暴力によるプレッシャーがチームに良い結果をもたらしたとも言えます。
プレッシャーを与えるのに暴力も暴言も必要ない

私は中学校の経験から暴言や暴力による指導は問題はあるが、上手くなる為には仕方ないことだと思っていた。しかし、この考え方は高校卒業して京都に修業に行ってから大きく変わります。
京都修業時代、私は一度たりとも暴言、暴力を受けたことはありません。もっと言えば、軽い注意はあるものの、怒られたこともありません。
野球部の頃と比べたら甘い指導に思えますよね。ですが、毎日無言のプレッシャーを受けて仕事をしていました。
例えば、12月下旬になると旅館の畳替え工事が毎年入るのですが、この仕事はお客様がチェックアウトする10時に畳を引き上げて、チェックインする14時までに納品するというもの。
6枚ならいいですが、旅館にはとんでもない数の畳があります。もちろんそれを1日で全部張り替えるわけではないですが、多い時には60枚を一日で仕上げることもありました。
そのような仕事の時、私はとてもプレッシャーを感じていました。というのも、全員が鬼の形相で急いでいるからです。一年目の時は、次やる行動もわからず戸惑うし、畳を持てば重たくて階段下ろせないし、畳を作れば遅くて逆に迷惑な状態。一緒に働いている職人が誰も私に言っていないですが、無言の「何してんねん。はやくしろ。使えねーな」が聞こえてくるのです。
この無言のプレッシャーは、暴力と暴言によるプレッシャーと同じプレッシャーであると私はその時思いました。実際、他の畳店で修業している弟子の子達と比べて私は格段に成長速度が早かった。
それは間違いなく修業先の畳店の指導方針が優れていたのだと思います。別に怒られたわけでも、殴られたわけでもないのに、それと同じプレッシャーを技術と技能だけで与えることができる。これこそ弟子における最も適した指導方法なのだとわかりました。
指導する側が率先して動きプレッシャーを与えること

現場に行くと、建設会社の社長が現場監督と喋ってて、働いている職人に対して急にキレ出すという風景を目にします。これは中学野球部の時のコーチや監督と同じです。
大きな声で怒鳴ることで周りにプレッシャーを与えて、集中させる、身だしなみを整えさせる。現場ではまだこのような指導方針を取られている方が数多くいます。
私は思うのです。なぜ社長自身がヘルメットを被って長袖着て、先頭に立って仕事しないのかと。現場監督と喋る暇があるなら自分が率先して動いた方が周りにプレッシャーをかけられるはずです。
「社長は現場を管理するのが仕事」とそう仰る方は多いですが、大工の棟梁は皆んな先頭きって働いていますよ。お爺ちゃんになっても汗ダラダラで率先してやっています。
失礼な言い方になるかもしれないですが、自分が率先して動けないのはプレッシャーをかけられるだけの腕がないからではないでしょうか。
だから一番簡単な暴言や暴力によるプレッシャーに頼ってしまう。職人業界は、これから益々人手不足が加速していきます。ローテクの職人業界ではそれが顕著に表れていますが、人手不足や後継者問題を考えるなら暴力や暴言に頼らず、技術と技能だけでプレッシャーを与えられる指導をしていかなければならないと私は思います。
最後に
実際問題として私も人を育てて、口軽く言えるほど簡単なことじゃないのはわかります。しかし、何十年もずっと弟子を育ててきた京都の修業先は暴言や暴力を一切使うことなく、立派な職人に育ててくれています。
これだけ暴言や暴力が問題になっていること、未来のことを考えると今の指導方針は変えていかないといけないと私は思います。
読んでいただきありがとうございました。