
この記事を書いた人

一級畳製作技能士/樋口畳商店 代表
京都市にある黄綬褒章を受章した現代の名工の店「沢辺畳店株式会社」で修業後、東京都江戸川区にて樋口畳商店を独立開業。
京都畳競技会 京都府知事賞優勝/国家資格 一級畳製作技能士 取得。
2021年10月27日(水)、TOKYO MX「バラいろダンディ」に出演し、畳職人としての技術やこだわりが特集されました。
東京都江戸川区の神社仏閣から一般住宅、お茶室や屋形船、ゲストハウスまで幅広い施工実績。


皆さま、こんにちは。東京都江戸川区で畳、襖、障子、網戸の張り替えを行っております、樋口畳商店の樋口です。
今回のブログ記事は「襖(ふすま)の張り替えで起業したい」「本当に月100万円を稼ぐことは可能なのか?」——そんな疑問を持つ方に向けて書きます。
私は現役の畳職人として、襖の張り替え実務にも携わっています。本記事では、「可能性」「難しさ」「利益構造」「私の立ち位置」の観点から、論理的かつリアルに解説します。
1. 襖張り替えで月100万円は可能か?
結論から言うと、襖の張り替えで月100万稼ぐ可能性は全然あると考えています。ただし、「簡単に達成できる」わけではありません。
実際、襖張り替えのみで月商100万円を達成している職人もいます。しかし、それは相当な量をこなし、裏側の苦労も多いという前提付きです。
2. 月100万円を目指すには:数量の逆算と現実
100万円を売上として考えるには、まず「何枚の襖を張り替えればいいか」を逆算する必要があります。
たとえば、1枚5,000円(襖表(新鳥の子)・裏(雲華紙)の張替え込み)という価格で受注するなら:
- 100万円 ÷ 5,000円 = 200枚
- これを月25日稼働で割ると、一日あたり 8枚
- 1枚あたりの作業時間を15〜20分と仮定(襖の解体作業は除く)しても、張替え作業だけで2〜3時間にはなります。
- さらに、引き取り・納品・乾燥などの工程も加わるので、実際にはもっと時間と段取りがかかります。
このように、数量だけ見れば襖の張り替えで月100万円稼ぐことは達成可能に見えても、日程・段取り・移動を含めると簡単ではないというのが実感です。
3. なぜ「月100万円」は大変なのか?壁になる要因
以下は、現場経験から見えてくる主な難しさです:
- 天候の制約
雨天時には納品できない。紙が湿気を吸ってしまうと不具合が出やすいからです。 - 移動時間や複数件回り
都心部では襖枚数が少ない家も多く、1件で8枚受注できないケースも。複数件を回る必要があり、移動ロスが出ます。 - 襖の劣化・トラブル
枠が歪んで襖が入らない、組子が割れている、胴張りが傷んでいるなど、思わぬ修復が必要になることも。 - 乾燥・時間調整
張り替え後の乾燥時間や、納品待ちなど時間が制約になる。 - 労働強度と継続性
毎日高稼働を続けると体力・精神面への負荷も大きい。非稼動時間の管理も重要。
これらを乗り越えずにただ枚数を追うと、質が落ちたりトラブルが増えたりします。
4. “100万円到達”しても、それが儲かりとは限らない:利益構造を読む
売上100万円を達成しても、実際に手元に残る金額(営業利益)は大きく減ります。以下で構成要素を見ていきましょう。
項目 | 概算 | 備考 |
---|---|---|
売上 | 1,000,000円 | 5,000円 × 200枚 |
材料原価 | 約 1,300円/枚 × 200枚 = 260,000円 | 襖紙・裏紙・糊・茶チリなど |
粗利益 | 約 740,000円 | 売上 − 材料費 |
諸経費 | ガソリン、車両保険、工房家賃、光熱費、消耗品など | 月10〜15万円程度は見込む必要あり |
営業利益(見込み) | 約 60万円前後 | 粗利益から経費を差し引いた実質手取りに近い金額 |
このように、毎日フル稼働でようやく「手元に残る額」が60万円前後になる可能性がある、という見立てが現実的です。ただし、地域・契約形態・単価設定などによって変動します。
さらに、突然のトラブル対応や予備コストが必要になるため、実際にはもう少し余裕を見ておくべきです。
5. 樋口畳商店にとって襖張替えが果たす役割
ここで重要なのは、襖張替えを「儲ける手段」としてガツガツ扱うのではないという立場です。
樋口畳商店では、襖張替えを「営業の一部」「顧客を引きつける入り口」として捉えています。
- 襖張替えは価格競争になりやすい分野なので、過度に収益を追い求めると施主負担が増え、信頼を損なう可能性があります。
- 襖張替えをきっかけに「畳替え」や「高品質な国産畳」を顧客に選んでいただくための導線としています。
- 実際、当店では襖・障子・網戸の張替えを低価格で提供し、それを通じて畳替え受注につなげる戦略をとっています。
このように、襖張替えは 直接的な収益源というより、“信頼構築と顧客誘導ツール” の位置づけとしています。
6. まとめ:可能性と現実、その中での戦略
- 襖張替えで月100万円を達成することは 理論上可能 ですが、実務レベルでは非常にハードルが高い。
- 売上だけでなく、コスト・稼働効率・品質管理・労働持続性まで含めて考える必要がある。
- さらに、襖張替えだけで「大きく儲ける」ビジネスモデルとしてはリスクもあり、成長性にも限界がある可能性が高い。
- そのため、私たちは襖張替えを “入口サービス” と捉え、主軸は 良質な畳替え に置くことを選んでいます。
ネットでは「襖の張り替えで月100万円稼げる!あなたも独立して襖の張り替え職人になろう!」と宣伝している会社があります。
そうした会社を否定するつもりはありませんが、現実的に簡単なことじゃないのは皆様にお伝えしたいと思いブログ記事を書いた次第です。
襖張替えで開業を考える方にとって、本記事が「夢を追いつつ現実を知るガイド」になれば幸いです。読んでいただきありがとうございました。