今回は和室について語った随筆になります。
和室は日本文化そのものですから和室を語ることは日本の文化を語ることでもあります。この記事を読んで少しでも日本文化について考えるキッカケになってもらえればと思います。
畳職人が考える和室論
和室とはいったいどのような部屋なのか。和室の一般的なイメージでは、木材が柱として使われ、壁には土壁が塗られている。畳が敷かれ、隣の空間とは襖や障子で仕切られている部屋かと思います。
それも間違いなく和室なのですが、今回は少し違った角度で和室とは何か?どんな部屋なのか?を考えてみようと思います。
和室とは何か?和室とはどんな部屋?
・足し算の答え
・融合の精神
・曖昧で不完全な部屋
和む部屋
和室と聞いて田舎のおばあちゃん家を思い出し、どこか郷愁に浸る方も多いのではないでしょうか。これも一つ、和室の本質であると私は思います。
和室に使われている和という文字には訓読みで「和む」「和らぐ」という読み方もできます。和むの意味は「穏やかなこと」。和らぐの意味は「厳しい状況から穏やかになること」を示しており、どちらも「癒さられる」に近い意味を持っています。
ただ、癒されるというのは、非日常的な世界の体験だったり、現実とは乖離した場所にある場合が多いですよね。しかし、和むというのは日常的な生活の中にある安らぎであり、我々の生活に密に関係する事柄であると私は思います。
つまり、和室とは日常生活の中で、少しホッとする和む部屋であるとそんな感じに私はイメージしています。皆さんが何となく和室に感じる郷愁や哀愁というのは、こういった和みからくる感情なのではないでしょうか。
足し算の答え
和とは、足し算の答え(和差積商)を表す言葉でもありますが、これを和室に当てはめて考えてみると和室は何かと何かを足した答えの部屋ということになります。
では、一体何を足した部屋なのでしょうか。
一つは自然物であると考えられます。和室には人の手が加えられていない自然のまま形作られた物を空間デザインの一部として取り入れています。
例えば、床柱。
床柱は木材の良さをそのまま残した形で使われています。枝を切ること以外は全く手が加えられていません。他にも畳だって天然い草を編み込んでいる以外は、染色しているわけではなく、そのままの形で和室に使っています。
また、障子を開けた先に見える庭園も自然物が織りなすデザインの一部です。四季によって風景が様変わりするのは魅力的です。
しかし、和室には自然物だけではありません。そう、人工物もまた使われた部屋になります。それは襖絵だったり、障子であったり、土壁であったり、そういった人工物と自然物が足して出来た部屋こそ和室なのでは考えています。
ただ、数学と違って適当な数字を足して出た答えが、必ずしも美しいものになるとは限りません。あくまで和を成す為には、調和や平和で使われているように均衡が大切になってきます。
融合の精神
和とは何か、均衡とは何なのか。これを考える為には、少し歴史の話をしたいと思います。712年頃に編纂された「古事記」。日本国家創設が記された歴史書なわけですが、古事記には日本の文化に関係することがたくさん書かれています。
その一つが出雲の国譲りという話です。この話の中に和とは何かを導き出すヒントがあると私は考えます。
出雲の国譲りは、少し話が長いので割愛してご紹介します。
大国主神は出雲という場所に国を作りますが、天上世界(統治する天照大御神)から出雲の国を譲れと言われます。大国主神は国を譲るかわりにある条件を提示します。天(高天原)に届くほどに高く建てた壮大な宮殿に私(大国主神)を祀ってほしいとお願いするのです。天上世界の答えは「OK!」出雲の地に壮大な御殿を作り上げます。
それが出雲大社(いずもおおやしろ)です。その後、その国の名は「大和(やまと)」大きな「和」の国と記すようになります。(まだこの頃は和ではなく倭を使っていたようですが、あくまで倭は中国側からの呼び名だったそうで、日出ずる国には相応しくないと日本側も思っていたようです)
「出雲の国譲り」から読み解くに「和」とは武力抗争などは行わず、宗教を認めることだけで国を譲る「融合の精神」だと思います。
それから仏教が入ってきた時も良い宗教だとし布教を許可しますし、キリスト教が入ってきた時も最初は布教を許可します(後に寺社を破壊したキリシタンにガチギレした豊臣秀吉はキリスト教の布教を禁止した。その後キリシタンを迫害する。とはいえ、後に受け入れる)
つまり異文化の宗教であっても良い教えであれば布教を許可してきました。「和」とは「文化と文化の融合」であり、日本の骨格を作ってきた「融合の精神」となります。
均衡とは、融合するにあたっての譲る点にあると思います。自然物が主張し過ぎてもダメだし、人工物が強過ぎてもダメ。お互い譲り合い助け合うことで均衡が保てるのです。
曖昧で不完全な部屋
和室ほど曖昧で不完全な部屋はない。畳の色は一枚一枚違うし、土壁の色も見る角度によって違います。木材も一つ一つ表情が違いますし、天井だって統一感がありません。襖や障子は音がダダ漏れだし、紙だから気をつけないと直ぐに破けてしまいます。
なぜ、これほどまでに和室は曖昧で不完全なのでしょうか。それは多くの日本人が昔から追い求めてきた不完全な美が関係すると思います。
昔の大工さんは家や社寺が完成すると立派な柱にワザと傷をつけたそうです。それは嫌がらせではなく、不完全なものだと伝える為だったと言われています。
また、侘び茶を大成された千利休も弟子たちに不完全の中にある美を説いていました。千利休のある話では、綺麗に整った茶碗を見て「これは整い過ぎている」と言い、茶碗を欠けさせたと言います。
他にも清少納言や松尾芭蕉なども不完全な美を好んだと言われているのですが、なぜこれほどまでに多くの日本人は不完全な美を追い求めるのか。
それは衰えや劣化を許容し、それを愛する心を持っているからだと思います。完全であることが、完璧であることが必ずしも美しいものであるわけではないことを知っているからだと思います。
桜が満開に咲いて、いつかは散っていくように。赤く燃える紅葉は死んでいく葉であるように。私たちは無意識に不完全な美を知っているのです。
衰えていく和室を愛している。それは曖昧で不完全な部屋に美を見出した日本人ならではの感覚なのかもしれません。
和室の未来
最後に、和室の未来がどう変わっていくのか話をしたいと思います。和室という空間はあまりにも特殊すぎる為に可変性がなく、建築士さん達の手に余る部屋でした。
私たち畳職人でさえもその点はよく理解しているつもりです。お客様からも「和室って使い道がわからない」なんてよく言われますから。
とはいえ、私は和室が好きですし、和室という部屋の良さを伝えていきたいとも考えています。であれば和室の新しい形について考えなくてはなりません。
その中で一つヒントがあるのが、先ほど言った可変性だと思います。可変性のある家とは、ライフスタイルの変化に対応して家も変化しやすい作りのことを言いますが、和室はそもそも特殊過ぎる部屋なので、可変性がない部屋だと誤解されているのです。
▼これからの家づくりはこちら:新型コロナウイルス後の家づくり|和室の重要性【多目的・可変性】
よく考えてみれば和室ほど可変性のある部屋はありません。客間にもなるし、寝室にもなる。お稽古する部屋にも、勉強する部屋にも、仕事部屋にも、子供達を遊ばせるスペースにもなります。
和室は可変性がある部屋だったはずですが、ライフスタイルの変化に対応できず(小学生や中学生、高校生の子供部屋に使うのを嫌う親や子は多い)、可変性がない部屋という烙印を押されてしまっているのです。
とはいえ、新型コロナウイルスの出現によって潮目が変わったようにも思えます。というのも、オンライン授業やオンラインで趣味を学ぶ人は増えましたよね。リモートワーカーも増えたし、お客をリビングに入れたくない人も増えました。
そこで使えるスペースが和室だと思います。和室は襖や障子などの曖昧な仕切りのおかげで、部屋を広げたり仕切ったりとある程度自由に空間を支配できます。また、畳は吸音効果に優れている素材なので、多少の足音は防音してくれますし、畳の香りはリラックス効果と集中力を高める効果が期待できます。
▼畳の効果はこちら:畳の効果とは?日本固有の文化である畳について紹介
しかもこれからの和室は若い人にも人気が出そうなモダンな和室です。伝統と革新の狭間で輝き始めた和室の姿を多くの人にも見てもらいたいと思います。
▼和モダンな家はこちら:【和室インテリア】和モダンとは?|若者におすすめ人気の和モダンな家
これはほんの一部です。和室の未来は明るい。
以上、和室とは何か?和室とはどんな部屋?畳職人が考える和室論でした。
最後に
今回、和室論と言うことで和室とは何か、どんな部屋なのか語りましたが、私も本当の意味での和室を理解しているわけではありません。
と言うのも、和室の定義がないのが大きな理由です。
これが本当の和室です!と皆が口にする銀閣寺の書院造でさえ、室町時代後期に建てられたまだ新しいタイプの和室であり、それ以前の和室の原型は未知な点が多い。しかも和室は時代によって変化している部分もあります。(猫間障子や縁無し畳など)
本当の意味で和室を理解するためには過去や未来を考えるだけなく、今を見つめないといけないのだと改めて思います。ぜひ皆様にも和室に興味を持っていただき、現在の和室を見て思いを馳せていただけたらと思います。
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