今回は、桜の話。お付き合いください。
桜の話
桜は死を連想すると言われているが、私はそうは思わない。桜の花びらは散った後も変わらず、美しくそこに存在するのだから死とは呼べない。とはいえ、力強い生を感じるとも思えない。生を連想するには余りにも儚すぎる。
ただ、桜は幼き日の記憶を想起させてくれる。子供の頃、祖父に連れられて行った公園。今日と同じように空は曇っていた。
桜がひらひらと落ちては舞って、落ちては舞ってを繰り返し、まるでNHK大河ドラマのセット会場に来ているかのような光景だった。
舞い上がる桜に興奮した私を、祖父は一生懸命に追いかけながら公園中を走り回った。気がつけば、私の身体に何枚かの花びらが付着していた。私にはそれが不思議で仕方なかった。幼い手では花びら一枚も取ることができなかったのに、なぜか桜の花びらが肩にのっている。
襟元に付いた桜の花びらを取ってそれをずっと眺めていると、もう此奴は飽きたのか!と思ったのか、祖父は「帰ろうか」と言った。私は「うん」と言って祖父と手を繋いで公園を後にした。
今もなお、この公園ではあの日と同じように桜がひらひらと落ちては舞って、落ちては舞ってを繰り返している。
ただ、あの頃のように桜の花びらを捕まえようと走り回ることも、祖父と手を繋いで帰ることもできない。幼き日の記憶がいくら鮮明に想起されても、それはあくまで追憶でしかなく、刻んだ時計の針は巻き戻せないということだ。
桜の花とはどんな花か。何を連想する花か。人によって答えは違うかもしれないが、私は過去との決別。別れの花だと思っている。